647 湿原の風景

根釧原野道東の植物を追っての旅の最終日、釧路湿原を見ようと釧路町の細岡展望台に立った。花の細部にこだわり続けた五日間だったので、ここからの眺めは、近接撮影から超広角レンズへと視野が開けた瞬間であった。感嘆の声を上げようか、声を呑みこもうか。大きな風景に身体から力が抜けてゆく。誰かがつぶやく。「ここは日本ではない」大げさな、でもわかるよその気持ち。

1km先、悠々と流れる水にボートが見える。いつか読んだ、ジェローム・k・ジェロームの「ボートの三人男」を思い出した。若い日の開高健はここの下流、雪裡川で地元の画家、佐々木栄松に案内されてイトウを狙い、「完璧な、どこにも傷のない、希な一日」と漏らした。

644 水平・地平

水平・地平一度こういうところに立ってみたかった。水平線と地平線が繋がってそこに自分がいる。海にも陸地にも、その向こうにもなにも見えない。こんなところが日本に残っていた。
海は埋められ岬は削られ、陸には鉄塔が建って、どこもコンクリートや鉄の塊が目に入る。それが日本の海の風景だ。古からの自然の風景を大切にしているとは決して思えない。

ここは下北半島、六ケ所村。近くで使用済み核燃料の再処理工場と港湾施設が建設中だ。この風景こそ大切に残し、子孫に伝えねばならないのに。

642 まなざし

ウミネコ抱卵中のウミネコの親。卵はニワトリより少し大きく、灰色で長かった。この顔を見よ。白さとその意匠、凛としたその眼差し。母性の強さか。訴える目力は威光を放ち、近寄るすべもない。N.ティンベルヘンは、この仲間セグロカモメの嘴の色と子のしぐさの中から本能行動の神髄を見抜き、19723年、ノーベル賞を得た。私はただたじろぎ、見とれるだけ。(八戸・蕪島)

641 地の豆

地中花ツチマメをアイヌ語では「アハ」「エハ」というそうだ。比較的よく食べられた食材だったようだ。我が家の庭にもたくさんはびこって、草花を雁字搦めにしてしまうので毎年退治していた。20㎝位のを引き抜いてみたら豆がついてきた。鞘にも種子を付けるが、これは地中で結実した閉鎖花だという。要するに地中花。子房の柄が地中まで下がって伸びる落花生とは違うようだ。来年は発芽前に収穫して食べてみよう。

640 春風駘蕩

寒立馬青森県下北の尻屋崎。タンポポの草原で春を満喫する寒立馬を見た。軟らかな陽を受け背が光る。のどかな光景だ。大きくやさしい眼に軟らかな緑が映る。厳冬の岬の風と吹雪の中に立ち尽くす姿は想像できない。昔の南部馬、農耕馬とフランス、ブルターニュ由来のブルトン種との交配種だという。まさしく春風駘蕩。「駘」はくつわを外したウマだという。生命のおおらかさに出会った。

639 春メバル

春メバル北国の遅い春。遅ればせながら旨い味も季節に乗ってやってくる。魚屋でメバルを見つけた。エゾメバル。こちらでは「ガヤ」という。味の濃く北海道の魚の名の通った範疇ではさほどちやほやされず、前浜の魚として食卓に上るくらいだ。しかし、その新鮮な味はかなり上等、腹子がハラハラ漏れて煮あがった一品は旨み食感、極上そのもの。その上、4匹1パックで390円。住むなら田舎。北海道へおいでよ。

 

638 潜む色

サクランボウメが咲き、サクラの花が満開になって、続いてサクランボの花が咲き始めた。この町壮瞥はリンゴの町であるとともに、サクランボで知られている。リンゴの花は薄い紅色だがこの花は純白。蕊の色もこの通りで、果実の光輝くクリムゾンの気配はどこにもない。6月の末、たわわに垂れる緋色の房はどこからやってくるのか見当もつかない。

636 春の匂い

春の匂い去年の落ち葉を踏みしめながら洞爺湖畔を歩く。木立の向こうには中島の影。緩やかに風が吹く。足元のマイヅルソウの小さなハート形の葉と少し長めのギョウジャニンニク。指先で押しつぶすと青く軟らかな春の匂いだ。三枚葉のツタウルシの赤い新芽も見える。水の気配、湿った土、すべてにいのちの匂いがする。

635 シャグマアミガサタケ

シャグマアミガサタケ知る人ぞ知る赭熊網笠茸。かなりの毒菌だ。加熱中の蒸気にも毒性があるという。北欧では骸骨印の注釈付き料理法が確立?してるというが、恐ろしい中毒症例を知ると手も出ない。留守中に置いていった本人に急いで連絡すると、「やっぱり、シャグマですか」と落ち着いた声が返ってきた。怖いもの見たさ、物好き心などの好奇心は、住む世界をより深い知的悦楽へと誘ってくれる。

634 毛深いぞ・オシダ

オシダ根雪が解け、落ち葉の中からオシダの雄大な新芽が持ち上がる。鱗片は春の陽で黄金色に光り、猩々の指を見るようだ。束生する葉は実に見事で太古の羊歯世界を思わせる。形が良い常緑多年草なので庭に数株植えてある。堅固な地上部は年を経て年々持ち上がり、このままあと数十年も成長してゆくとヒカゲヘゴのような木性シダになるのではと勝手に想像してしまう。北国シダ幻想。