393  いのちのゆくえ

エゾマイマイカブリ遊びに来ていた2歳半の孫が裏庭でエゾマイマイカブリを見つけた。好奇心にきらきら輝くその眼はすぐに不思議なものを見つけ出す。この濃緑に輝く長い胸を持つオサムシはもうからからに乾いていて、手にした瞬間に二つに分かれた。この精巧で美しい生きものの中身はどこへ消えたのだろう。溶けた中身は地に吸われたか。なにを養ったか。なにに生まれ変わったか。72歳半の私はそのあたり、考え込んでしまう。

392 種間競争なのか

ハシブトガラスの親子ハシブトガラスの親子が家の芝生にきている。この数年、ハシブトが以前からいたハシボソと諍っていたが、何が起こったのだろう。両種間の巣が近い場合、ハシボソの育雛成功率は落ちるという (吉田保志子・百瀬浩 )。今年、ここにテリトリーを持つハシボソの育雛は失敗した(ブログ377、言葉も少なく)。営巣期以外では二種は混棲しているのだが、来年の春からのテリトリーやホームレンジの在り方が気になる。

391  PM2.5 浮遊粒子状物質

 PM2.5昨日から有珠山が霞んでいる。PM2.5だという。気象協会のHPの分布図を見ると、着色された部分が中国中央部、満州、ハバロフスク地方、北海道へ連なっている。今日の札幌での値は通常時の約7倍だという。50年前の札幌の冬はスモッグで閉ざされた劣悪な環境だった、と思い起こしていたら、気象庁の発表ではシベリアの大規模な森林火災によるものだという。いわれてみれば、すこし焚き火の煙のにおいがする。

390  嬉しい紅白

ユスラウメユスラウメの花が好きで、それとあの深紅で鈴なりに生る実が好きで、2本別々にネットで購入したら、嬉しいことに片方は白実のユスラウメだった。こんな間違いも有るのだ。今思い返しても愉快になる。人生捨てたものではない。ほのかな甘みとほのかな酸味。酸っぱいのが苦手な私には丁度良い。そのままも美味しいが何にしようか。サクランボの種抜きで種を抜いて紅白織り交ぜてゼリー寄せ、いや夏だから葉をあしらって和風に寒天寄せか。

389  ヤマシロオニグモ 

ヤマシロオニグモ裏庭への階段を上がり花軸を伸ばしたユッカの横で見事に張られた蜘蛛の網に顔を突っ込む。私の顔中の細毛剛毛が触毛となり、アッと叫んで瞬間意識が昇華する。瞬間藪の中の獣の末裔だったことを思い出す。梅干大のオニグモより少し小型で、背の白斑からこの種の背白型の雌と確認した。夜間強靭な網を張り昼間はユッカの蕾の間で寝ている。背の模様は色々あるらしく雄は異なる形だというから興味がわいた。

 

388  コシカギク

コシカギクコード式の刈払機で道路際を刈っていたらむせるような甘い匂いに一瞬手を停めた。「かみつれ」、そうカモミールだ。しかし形態が少し違う。舌状花がない。すべて管状花の円いぼんぼり。調べたらコシカギク。英名Pineapple-weed。ヨーロッパ、北米に普遍的で、道路わきの踏みつけ環境で生育するとある。どの地でも頭花を食べ、ハーブティーにし乾燥して香りを楽しむ。雑草という乱暴な考え方は自然界には無い。

387  開拓と火の山と

クリの花家の前の原っぱに大きなクリの木があって今白い花の真っ盛り。向うに見える熔岩ドームは昭和新山の天然煉瓦。上昇した高温の溶岩に焼かれた煉瓦被膜の赤いドームだ。クリの樹は困難な開拓地でのたつきの証し。この町にはふた抱えもあるクリの巨木がたくさんある。この町の人々は入植後、1911年、1944年(昭和新山)、1977年、2000年と4回の有珠山噴火を経験した。

386  有珠火山があって

佐藤錦初夏の北海道太平洋沿岸には海霧が湧く。海際から十数kmの、ここ壮瞥の町は有珠山が衝立となって噴火湾からの海霧はやってこない。有珠火山あっての果樹栽培地帯だ。地形の少しの違いが豊穣をもたらす。ブドウ、洋ナシ、プルーン、サクランボウ。リンゴに到っては三十数種類が栽培されている。わが家の古いサクランボウの樹からの今年最後の収穫がこれ。大地に乾杯!!

385  違う風景

ビル街東京上野泊。13階からの風景がこれ。一見清潔風だが、違和感がこみ上げる。白い瘡蓋のような街。かつて訪れたうんこ色の大気に包まれたカルカッタの市街も、排気ガスに澱んだ喧騒のカトマンズももっと人間臭い街だった。ここには緑がない。「ヒト」が見えない。黒い土はどこだ。 ビル群の向こうにはベイエリア、窓の逆方向には上野公園。大東京の新旧の顔も見られるはずなのだが。人間世界の終焉の風景か。

384  うたた寝カラス

ハシボソガラスわが家の近くにテリトリーを持つハシボソガラス。庭先、5m程の所で居眠りをしている。10分ほどこの状態。暑くって口をあけ、羽を伏せ、眼は半眼、意識も覚束ないようで、瞬膜(白目)を閉じたり開いたり。毎年何度か目にするが、このカラス確か7歳くらいの雄。彼らの寿命からして働き盛りの年代だ。夏の日の水浴び、砂浴びの延長にあるリラックス状態なのだろうか。