520  急いでどこへ行く、クマケムシ

クマケムシ子どもの頃(半世紀以上前)からクマケムシと言って手にのせて遊んでいた。熊みたいだったからそう言っていたが、この名前が日本中で通用するとは知らなかった。広場や道路の上をモコモコと横切って走る。その速いこと。剛毛のサクサクとした感触が可愛い。ヒトリガの終齢幼虫。ヒトリガは「火取り蛾」。「飛んで火に入る、、、」のムシは私の親のこと。「私は毛虫、遊びましょう」。向うは昭和新山。

519  子別れ

ハシブトガラス総毛立ててことに当たらざるを得ない、これはハシハシブトガラスのおとこ親。メスにももう一羽の子ガラスが付きまとっている。いつまでも餌をねだって付きまとう子ガラスを、どうしたら良いものかと困惑しているのが良くわかる。この秋には子ガラスたちは大きな群れになり巣立って行く。親の元には残れない。

518  雪かと見紛う

ドロノキの綿毛カラマツの新緑の上にやんわりと降り立ったのは、小さな種子を抱き込んだドロノキの綿毛。ここは1944年に噴火した昭和新山の裾野で、七十年前に新山からの火砕サージが通り抜けた跡地だ。噴出物の荒れ地に風に乗ってやってきたパイオニア植物群の中にドロノキも含まれていた。林道のあちら側、陽の当たっているのがドロノキ。ここで育ち、ここで種子を散布している

517  振り向いたハヤブサ

ハヤブサ日高の海岸、崖地の植物を探していて、岩壁から伸び上ったらそこにハヤブサがいた。数mの距離。互いに「ヤア」といった感じだが、あちらの眼にはどう映ったか。偶々20秒ほどの時間を共有しただけなのだが、きっと私のことなどすぐに捨て去り狩に専念したのだろう。

516  引き継がれて

アイリス Wabashこのアイリスが気に入ってお隣さんから譲っていただいた。名前を調べたらWabash ワバッシュ。園芸家である E.B.Williamson 、1936年の作だという。英文で検索すると評価の高い往年の名花だそうだ。昔からの果樹農家である隣家の庭に咲くまでの道のりもいろいろあったのだろう。Historic Iris という表現もあった。歴史的名花だったのだ。 小振りだが純白の上弁と、覆輪のある茄子紺の下弁が凛としていて実にいい。和のイメージにもぴったりで、艶やかさと粋な雰囲気を持っている。お隣さん、改めてありがとうございます。

515  豊作を願って

 収穫を願ってこの町の特産品オオフクマメの農作業が始まった。壮瞥町と隣の洞爺湖町で全国の生産量の半分をまかなっているという。甘納豆、煮豆、和菓子の必須材料だ。遠カッコウもしきりに鳴いて遅霜のおそれもない。エゾハルゼミの声とともに緑の濃さが増す。手前は大きくなり始めたビートの葉。これは砂糖の原料となる。遠景は壮瞥の市街。その手前は長流川の林。好い季節となった。

514  鷗の家・マスイーチセートマリ

マスイ・チセ・トマリ急な斜面を下りてマスイチの磯に立った。鷗の家(マスイ・チセ)の入江(トマリ)。向うの立岩に鷗の巣がある。忘れられたこの浜までの道は荒れていて、小さな砂浜はハマヒルガオやハマエンドウの絨毯となっていた。半世紀以上前、遠く渡島駒ヶ岳の見えるこの入江で、泳ぎ、潜り、釣りをして一日を過ごした。独りのことが多かったと思う。風景はまったく変わっていない。

513  罪作り

Low-Eガラスキッチンの窓をとびっきり大きくして、風景を見ながら料理をしたいと思った。北海道のこととて、Low-Eの複層ガラス。ハーフミラー仕様の窓だ。住んでいる人間には快適だが、野鳥には迷惑この上ない偽装空間、だまし絵だ。いつもの自分の空を飛ぼうとしているのに。

いくつかの牧場の間をまっしぐらに行き来する大きなアブもよくぶつかる。アブがポンとぶつかるとスズメが食べる。スズメがぶつかるとカラスとネコがやってくる。ヒトの安寧な生活と裏腹の、瞬時に消えてしまう野生の命。私は肩をすくめて見ている。

512  Chive チャイブ

 Chive チャイブワケギでもないし、アサツキかなと思っていたが、最近になってチャイブだと分かった。いつの間にか庭のあちこちに大株がいくつもできている。チャイブなら知っている。ごく当たり前のハーブだ。薬味、スープのうき実、サラダの付け合わせ何でもOK。レシピが先走って実物が後に現れた。ありがたく使いますよ。可愛いネギ坊主、指先でつぶすとポンと小さな音がする。

511  須崎忠助 原画展

須崎忠助北海道大学苫小牧研究林にある森林記念館で須崎忠助の原画展を見た。洗練された個性的な植物画は「北海道主要樹木図譜」として、私の座右の書となっている。今回の展示は原画作成の過程がつぶさに見られ、下絵、色を乗せる過程、注釈などをつぶさに見ることができた。心ひき込まれるひと時であった。心地よく晴れた五月、新緑に包まれた小さな展覧会は愛好者であふれていた。