61 フクジュソウ

フクジュソウ 庭の雪が融けたらフクジュソウが咲いている。雪の下の暗闇で目を覚まし明るくなるのを待っていた。体内時計は確実に機能している。昨年は3月14日だった。光刺激なしに冬季の休眠期間を終えるシステムは何なのか。開花への機序を解発する物質は?陽を受けると花弁は凛として反り返り、花はパラボナとなって光と熱を蕊に集める。花心の匂いに集まった虫達は花粉を運び、ことは着々と進んでいく。いよいよ春だ。

60 紐

綱・細引き・紐 室蘭、電信浜の近くに住むY老人から、浜に打ち上げられたという紐をいただいた。海草などと一緒に打ち上げられていたのだという。もつれを解き、水で洗って丁寧に巻いてある。海水に浸かっていても、この丈夫な合成繊維の紐は劣化が遅く、人の手を離れた紐やロープは海の中でも海辺でも、今では厄介で目障りなごみとなっている。

 人は昔から綱や紐をよく使った。なければ暮らしが成り立たなかった。近くの山から樹を伐り、枝と組み合わせて家を作ることが出来たのも、強靭な蔓や縄で材料を目的に合わせたいろいろな結び方が工夫された結索法があってのことだ。農作業でも、草や木の繊維をうまく利用し、綯い、編み、より強靭な紐とし、目的に合わせ多用した。平素の生活でも伝えられてきた応用力は潤沢だった。刈った稲を束ねたのはそのまま稲藁だった。海の仕事に至っては船の上でのロープ捌きから、網の編み方、釣針の結び方にたつきと命がかかっていた。釣り糸は天然の絹糸である。旅する人にも行李がついて回り、「行李結び」があった。すべて知恵と手仕事が暮らしを支えていた。私たちはそれを文化として受け継いできたはずだ。日々の衣食住に蝶結びがあり男結びがあり、子どものころから親に繰り返し教えられた。荷物を送るにしても、今ではずいぶん簡略化され、即席で、便利になった。その反面、私たちはどこかに「紐」と、それをうまく扱う指先の「技」を置き忘れてきたらしい。

 私はいまだにロープや細引き、紐類をため込む習性がある。人様に荷物を送るときにも、小包用の麻紐で梱包するのが習慣になっている。「習い、性となる」なのだ。Yさんもきっと紐を捨てられない人なのだろう。感謝しながらも、頂いた紐を手にしてつくづく考えた。はて、何に使おうか。相手は土にかえりにくい丈夫すぎる紐だ。

59 雪残る

残雪の有珠山 今年は春が遅い、とだれもが言う。気温が低い日が続いて、次に降った雪が融けきらないうちにまた少し降る。長流川の河原ではネコヤナギが銀色の穂をつけているのだが。伊達市上長和から間近に望む有珠山の山頂部。この雪は直ぐに融けそうだ。地肌が見える部分は地熱のある場所だ。手前の崖は数十メートルの高さを持ち、約4km続く。地質図によると非アルカリ苦鉄(マグネシウム・鉄)質火山岩となっている。古有珠山の噴出物なのだろう。

58 時を撃つ

ミズキのパチンコ ミズキは昔から身近な木だった。何と言っても形がいい。直立した幹、小豆色も艶やかに水平に広がる枝。昔、親から頼まれ繭玉の枝にも伐ったが、Y字型の枝でパチンコを作るのが一番だった。なんでも標的にした。廃屋の錆びた煙突、空き缶、野犬も撃った。今、この歳にして肥後の守を握り、糸の端を咥えパチンコを作る。完成した武器を手に春の野に出た。弾は金魚鉢の小砂利。が、撃つものがない。風が吹く。

57 ヒツジが一匹ヒツジが二匹

オニグルミの葉痕 言われてみればそれに見えてくるもの、身近で面白いのが葉痕。ヒツジに見えるでしょう、上にももう一匹。これはオニグルミの葉が落ちた痕。去年の春は児童館の子供達とこれを見つけて遊びました。・・・ヒツジが二十七匹、ヒツジが二十八匹・・・。早春は葉もなく枝の先までよく見えて子供達は大喜び。やがてヒツジたちは軟らかな新芽の下に陰に隠れ、下草も茂って林の繁みの中のどこかに溶け込んでしまいます。

56 飛んで飛んで回って回って

アカエゾマツの球果ドイツトウヒの球果(マツカサ)が机の上で乾燥し苞鱗が開き、翼をもった薄い種子がこぼれ落ちていた。椅子の上に立ち種子を放すとよく回りながらゆっくりと落下する。私たちは気がつかないが、種子は私たちの頭上を飛んでいる。クルクル回りながら、吹き上げる乾いた風に乗って谷を越え尾根を越えて飛び続けている。着地した場所が良ければ幸運、不運なものは地に還る。

55 レモンとクルミ

レモンとクルミ 湘南の陽射しと海風を受けて育ったレモンとオレンジが知人から届いた。濃い照葉の中に黄金色が輝く果樹園の光景を思いながら、はて、どうやっていただこうと考えた。思い立ったのが旬のオーガニックレモンを使ったレモンピールだ。皮ごと苦さを味わえる。それと私の住む壮瞥町に開拓の時代から受け継がれている美味しいクルミ。これをコラボさせて強い味のドライジャムに仕立てよう。コンセプトは「大地の息吹」だ。

レモンピール レモンとクルミ、しっかり者同士をくっつけるにはスパイスも必要。シナモン、ジンジャーはよく使うので、今回は敬愛するシュウォーツ爺さんのレシピを参考にコリアンダーを使ってみる。出来た味は苦く酸っぱく甘く、ローストしたクルミの香りが鼻に抜ける。ミンスミートのようなガツンとくる味だ。エスニックかつマイルドなのは仕事人コリアンダーの業。クラッカーにたっぷり載せてもよいし、春野菜のサンドイッチはどうだ。生地に混ぜ込んでビスケットやリーンなパンもいい。春だね、何かを作りたくなる。

54 春の声

巣材を運ぶハシボソガラス(雌) 雪解けの斜面から枯れ草を運んできているが実のところ何のためにそんなことをしているかこの雌は知らない。春の光に誘われて、身体もそうなって、着実に巣を作り交尾し子供たちを育てる。強い本能に後押しされ順次ステップを完結させ次のステージへ進み、事の結果DNAのすべてを次の世代に繋ぎ渡してゆく。ヒトも深層では全く同じなのだけれど、、。我々には文化の蓄積や育児書もちゃんとあって、よかったね。

53 瞬膜

ハシボソガラス カラスはよく見てよく考える。眼が命だ。地上では眼と嘴と足で何でもやってのける。クルミを車に轢かせ、なんとかぎりぎり腹を満たす日暮らしカラスの眼が、瞬間白く写った。人の瞼が眼を涙でうるおしゴミと悲しみを拭うように、文なしのカラスの青白く半透明な瞬膜も同じ役割をになう。人の瞬きと同じくらい頻繁に動く。数億年も昔に祖先が水中で眼を得た時からの習いだ。人の瞬膜は退化して眼頭に少し残っている。

52 斑雪

有珠山春近し 3月16日、待っていた有珠山ロープウェイの運行が始まって、ガイド仲間での勉強会があった。よく晴れた北国の三月、残雪の山巓はもとより、遠く光る双耳峰、徳瞬瞥山とホロホロ山まで一望できた。頂上駅の50m程北側(写真建物の右)の小さな沢筋には地熱の高い場所があって、この時期いち早く地面がむき出しになり、赤茶色に裂けたように見える。外輪に開いた有珠山のあかぎれだろうか。少し火照って痒い。