186 日暈(にちうん)

日暈 柔らかな光が満ちてはいるが、まだ1月末の寒さが身につたわる。見上げた空に大きな日暈が出来ている。上空の細かい氷晶が太陽光で屈折され、太陽の周囲に大きな輪となる、比較的通常の物理的現象。この大きさは太陽を中心に半径22度の内暈(ないうん)が一般的で(22-degree halo)、外暈と呼ばれるものは46度だそうである。目安になるものが無い中空でとても大きく見える。夜空の星を説明する尺度でいうと、手をいっぱいに伸ばして親指とひとさし指いっぱいの間隔を二つと、握りこぶし一つ並べた角度だ。画像に収めたいと思い最良の場所を探した。噴火湾に臨む伊達製糖所の、冬、いつも見る白い蒸気がアクセントになる位置まで近づき、シャッターを切った。

185 朝日を受けて

昭和新山ドーム 輝く大有珠を背に昭和新山のドームが赤い。まだ余熱を宿す岩壁は積もった雪を溶かし噴気をあげている。ドームは「昭和19年(1944年)11月下旬、第4と第6火口の間から推上しはじめ、市街からも遠望できるようになったのが12月中旬で、高さが10m程の三角形の大岩塊」と、三松正夫の「昭和新山生成日記」にある。現在、我々が見るドームは屋根山(手前の樹林地帯)からさらに150mもそびえ立つ美丈夫である。

184 透明な惑星

透明な惑星 始終北西の風が吹く北辺の不凍湖にも和やかな日差しの時があって、湖岸に出ると、眼につく光あるものすべてが透明に見えている。ぎりぎりまで下がった水温は密度を増し、粘性さえ感じ、そのあたりでは時間の経過までとろみを帯びてくる。大気は香りを持ち、吐く息さえ甘い。存在するものすべてに意味を感じる。

183 春を待つ

ミズバショウ 洞爺湖の湖岸近くの湿地に、一つだけの萌黄色を見つけた。ミズバショウの新しい芽だった。雪景色の中のくぼみの水たまり、命あるものは何も見えず、何も動かず。樹の枝から落ちた雪片を載せ、淡く青空を映す縮緬皺の薄氷。春はまだ遠いのか、もう近いのか。あらゆるものが動き出し、軟らかな緑色の風が流れる「その季節」をひたすら待っている。

182 明日に向かって

明日に向かって 有珠山ロープウェイの山頂駅から火口展望台へ、札幌の高校生のグループをガイドした。-10℃だった。ここから見える銀沼火口周辺は、1977年夏に噴火し、たまたま私は、70km離れた札幌でその噴煙柱を見た。その次の噴火は2000年だった。次の噴火は?豊かな自然の恩恵と人間の生活、それと表裏一体の災害について話した。溌剌とした彼らと充実した時間を私は過ごせた。彼らとなら明日に希望が持てる。

181 ハシボソガラスの雌雄識別

ハシボソガラスの嘴 数年来観察中のハシボソガラスのつがいがやってきている。左の個体は雄と思っているのだが、一回り大きく頭の形も異なって見え、嘴の先がより鋭く下に曲がっている。雌雄の正確な判別はできていない。雌雄のハシブトガラスでの頭の形状の違いの記録を読んだことがある。育雛時の行動にも雌雄の差が有ると言う。あと半年待って雌の腹の「抱卵斑」の確認を待とう。彼らは魅力的で面白く、分からないことだらけだ。

180 凍る火の山

凍る火の山 不凍湖も凍る寸前なのか。氷のシャンデリヤの向こう、左から昭和新山、有珠山、その手前の丸いドームは東丸山。胸までのウェーダーを履いて湖岸をたどると、一足ごとに鮮烈な風景が展開する。純粋で質素なセピア色の小宇宙。自らの筋肉感覚、皮膚感覚で四季のページをめくってゆける。このような苛烈でかつ豪奢な自然もまた北国のジオパークの魅力のひとつだ。

179 ホタテを食べる

Patinopecten yessoensis 北の海の冬季代表は何と言ってもホタテ。噴火湾で養殖され、4~5年物が出回っている。英名 Scallop で総称される Pectinidae の中でも特筆される食材。まして種小名 yessoensis は蝦夷地のこと。ならば北海道人としては誇るに値するまさしく自慢の逸品だ。

写真のローズマリー側から左へ、外套膜、鰓、右外套膜、閉殻筋(貝柱)、中腸線。いずれも食感、味に際立つ個性がある。大きな貝柱の横に付いている小柱(写真左上)は殻を閉じっぱなしにする平滑筋からなる補助閉殻筋で、コリコリしたなんともよい食感を持っていて、私の最も好きな部位だ。緑褐色の中腸腺は肝臓の働きを持ち、貝毒などをため込むことがあるので通常は食べないが、なかなか「濃い」レバー味が有ってこれまた旨い。ローズマリーの右にあるのはボイルした卵巣で、精巣は白みを帯びる。

乾物の貝柱は中華料理では世に聞こえた名品で、外貨獲得のお役に立っているが、われわれが日常手にするホタテは、採れたての絶大なる美味しさがあるうえ、食材としての使い勝手や値段もお手ごろで、貝柱の刺身、殻つきのバター醤油焼き、炊き込み飯などお馴染みのメニューにおさまっているようだ。だが、産卵期(春)前のたっぷりと太って豊潤な旨さの満ちた生殖巣や、外套膜の濃厚な食味は主役たる貝柱に負けない逸材である。鮮度の良いホタテが入手できることを最良の武器に、その風味を生かすことが出来れば、濃厚ながら穏やかな味わいは他の食材や調味料、ソース類との相性も良く、多様な料理へと進化できよう。現地人たるもの、この卓越した可能性を眠らせてはならない。

178 黒と白

ウップルイノリ 1月4日、室蘭イタンキ浜。北西の風が強く、-5度。干き潮の潮溜まりの海水が凍り始めている。露出したテトラポッドの潮間帯の上の飛沫帯。イワノリが貼りついた上にさらに氷が纏わりついている。このノリ、細長さからウップルイノリだろう。古代から日本海で知られた北国の海の幸だが収穫はこれから。4月になると枯れて流れ出す。芯まで冷えたが昔をしのぶ砂浜に癒された。

177 春よ

イヌコリヤナギ 凍りついた足もとに、何かしら軟らかな気配がして、そこにはイヌコリヤナギの低い株があり、今にも動き出しそうな芽があった。オリーブ色の曲線を描く若い枝と、膨らみつつあるバーミリオンの花芽は、花綵となってたおやかに繋がり、滴る氷はまるで軟らかなゼリー菓子のようだ。ほんの一瞬だったが、懐かしい春の匂いがした。  「春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき、、、」