853 草津白根山噴火

草津白根山噴火 23日、草津白根山の本白根山が噴火し、一人が亡くなり11人が重軽傷を負った。お見舞い申し上げます。噴火は水蒸気爆発と発表された。「噴火速報」が無いまま噴火し、即、噴石による被害ということになった。TVではライブカメラによる噴石が落下する様子が放映されており、そのあとで「火山活動レベル3=入山規制」が発表された。

2014年の御岳山では死者・行方不明者63人の大きな被害があった。日本では火山への登山者が多いうえ、火口の近くに観光施設がある。白根山から5kmさきには有名な保養地、草津温泉がある。有珠山周辺も同じく観光地でもあり、現在48名の洞爺湖有珠火山マイスターがいる。その一人として、今回の噴火は身の引き締まる思いがする。噴火の時期、場所、規模は予測できない。噴火が起こったら先ずは避難を優先するのがマイスターの役割だ。そのさき何をするべきなのか。勉強会や研修会があり、そこで学んではいるが、避難先での錯綜するであろう情報の的確な判断と、仲間との連携した行動が必要だ。

852 窓の雪

窓の雪雪が少ない冬と思っていたら、あに図らんや、つじつま合わせの20㎝近い降雪。おまけに昼近いというのに-8℃だ。昨日一日、南東の風に乗って吹雪が荒れた。午後には寒冷前線の雷一発で、冬のいつもの季節感の目が覚めた。自然はいつだって予想外。壮瞥の街はすっかり雪に覆われて、真っ白けっけの厚化粧。商店街は歩道の確保に総出の大仕事だ。

851 カワアイサ(雄)

カワアイサ(雄)伊達市の街中を流れる気門別川は昨年の出水で荒れたまま。川原に降りたらカモが慌てて飛び上がった。数コマを収め、調べたらカワアイサ。私にとって初めての確認。身体が重いため、飛び立ちには助走が必要とあった。こともあろうに、眼の前を通過した。ツートンカラーに赤い嘴と脚。目を見開き、必死の面立ちは心に残る。野生はいつも真剣だ。一心不乱に生きている。美しい。

850 タンネシラル

タンネシラル室蘭、タンネシラル。アイヌ語では長い磯(知里真志保・山田秀三、1960)。半世紀以上前、私はこの崖地をましらのように走り回り、この海を潜りに潜った。岩肌に残るタフォニからは時の流れを、潮間帯の岩棚とその先の深みへの落ち込みからは海中の生き物たちの姿を学んだ。昔は「ハカショ」と言ったが意味はわからない。中学から高校時代、この磯での思いはつきない。

849 ロードキル

ロードキル市街地から山への道筋、血液の流れた跡があって引き返した。ここは伊達市西関内町。エゾシカが車と衝突したようだ。引きずられた血液と角の跡が生々しい。可愛そうに、シカは助からなかっただろう。運転者にとっても危険なことだ。シカが増えて市街地までやって来ることが多くなった。野生と人社会との関係が変化してきた。運転者にも農家にも、もちろんシカにも困ったことだ。

848 幹折れしたトドマツ

幹折れ稀府(まれっぷ)岳の南山麓、胸高直径60㎝を超えるようなトドマツが折れていた。一昨年と昨年、東寄りの大風が吹いて被害があった。根返りせず、地上3mあたり、応力最大の位置で幹折れしている。瞬間的によほど強い風が吹いたのだろう。地形図で確認したら、東風を集める地形だった。長い年月の経過の中、環境要因による淘汰の結果、その土地の植生が決まってゆくのだろう。

847 北の燻製

北国の燻製北海道産の食材(ウインナー以外)をスモーキング。電熱ヒータの助けをかり、サクラ材チップで2時間半燻製。気温は4℃。庫内の温度は60℃位が適温だが72℃まで上がり、プロセスチーズは少し垂れたが、格別の美味。魚は一夜干しをオーブンで110℃30分予備加熱。ナメタガレイは一級品の味。ソウハチガレイも美味しい。乾したスケトウダラは塩味が薄いうえスカスカの食味。

846 シカ皮をシカ革へ

エゾシカ皮ブログ832の皮を洗浄脱脂し、塩漬けにしたのを水で戻して続きの作業。皮についた結合組織を割りっぱなしの黒曜石ナイフで切り取る。この時点での掻器=スクレイパー(右手前2個)の出番はなかった。シカ皮提供のK氏、石器大好き人のG氏の4本の手はそのまま縄文・旧石器人の手となった。この後、ミョウバン・食塩液に10日ほど漬けこみ、蛋白質を変性させ腐敗しにくくする。

845 伊達紋別岳

伊達紋別岳隣町伊達市の奥山、紋別岳(714m)は、東山の名で親しまれている市民の山。今は雪が少ないが厳冬期の稜線には雪庇もできる。春には低山ながらシラネアオイの群落が道なりに連なる。写真中央の針葉樹の尾根を稜線までつめ、連なるいくつかのピークからの眺望を楽しむ。左奥のなだらかな頂上からは、噴火湾、太平洋は言うに及ばず、駒ヶ岳、有珠山、羊蹄山まで一望のもとだ。

844 昭和新山南面

昭和新山南斜面雪が少ない2018年1月の初旬。昭和新山南面には雪が見えない。上昇したデイサイトの溶岩円頂丘で焼かれた煉瓦色の地肌が赤く見える。右に続く屋根山の下にも地下からの溶岩の貫入があった。葉広葉樹林はすっかり葉を落とし、手前の南斜面の植生が良くわかる。ここは勾配もきついうえ崩落直前の巨岩が重なっていて、土壌の堆積も貧弱なので、多様な植生が育ちにくいようだ。