800 ヒシクイ

ヒシクイ8月30日、ウトナイ湖に立ち寄って居残りのオオハクチョウの写真を撮っていたら、足元にとても大きなガンがうずくまっていた。慌てながらも写真に収めてそっと後ずさりして離れたが、いささか驚いた。傷んだヒシクイとも見えて、ウトナイ湖野鳥保護センターに聞いたら「羽を痛めてこの夏留まっているのが1羽います」とのこと。快復してこの秋仲間たちにあえるとよいですね。

799 怪鳥・カイトタカ

s-kDSCN2191稲穂も充実して夏も極まった壮瞥町の田圃に、タカの凧(カイト)が翻っている。いつもの年なら「鳥獣害予防爆音器」の音がするのだが。のんびりあぜ道を歩いていて、あれにやられると獣ならずとも心臓が止まるくらい驚く。 カラスやスズメたちは、タカの凧にはすぐに慣れるだろうからその効果は分からないが、風を受けて自由に舞う姿には嫌悪感がつき纏うだろう。「嫌な感じ」そのあたりが狙いだ。

798 ルッコラ

ルッコラのひげ根朝のサラダに使ったルッコラの余ったのを、マグカップに差したまま台所の窓辺に置き忘れていた。気が付いたらしっかりと根が出ていて、透明なグラスに入れ替えたらこの通り。水だけで養分がないだけ、たくさんのひげ根を出したのだろうか。可哀想に葉は貧弱だ。どうしたものか。ハーブ畑の隅に植えてやろうか。元気なハーブ達に仲間入りできるか。

797 八雲層模式地

八雲層北海道南部の渡島半島には、中新世前期の訓縫層、中期から鮮新世にかけての八雲層があり、さらに鮮新世の黒松内層、第四紀の瀬棚層へと続く堆積岩の層理がある。ユーラップ川にかかる清流建岩橋の下流、右岸にある鶴田知也文学碑裏の河床へ降り立つと、足元から対岸の露頭まで続く硬質頁岩と泥岩の互層が水面の下に見える。八雲層の模式地とのことだ。この川と国縫川の硬質頁岩は旧石器時代石器の素材となった。

796 噴火40周年フォーラム

有珠山噴火60周年フォーラム1877年8月7日に始まった噴火は大きな噴火だった。40年たった噴火前日の8月6日、壮瞥町で記念フォーラムがあり、当時噴火に関わった科学者、自治体関係者、住民によるシンポジュームが行われた。「77噴火」の後の「2000年噴火」から17年、次の噴火のことは分からない。間近に住む住民にとっては火山を正しく理解し、共生してゆくのが一番だ。そして正確な情報と早期の避難。

795 アカナラのドングリ

アカナラのドングリ札幌市資料館で、昭和新山誕生の記録を描き残した画家三松正夫についての三松三朗さんの講演があった。その時庭で拾ったのがこの扁平なドングリ。成熟するともう少し太る。明治初期、札幌農学校の植物園で育てられ、大通公園付近に植えられた末裔だ。Northern red oak 。北米原産で巨木となり煉瓦色に黄葉して大量のドングリを撒き散らすという。

794 スズメがコスズメを

スズメとコスズメ5令幼虫スズメが壁のツタの葉の茂みに飛び込んだ。ややあって大きな緑色のイモ虫を咥えて出てきた。敷石に叩きつけ内臓を抜き、そのまま持ち去った。スズメも生き物、餌の確保となると野生そのままだ。餌食となったのはツタを食草にするコスズメというスズメガの5令幼虫。私の好きなベニスズメやオオスカシバの仲間だ。夜、ブ~ンと羽音を立て高速で飛ぶ生きのいいやつだ。

793 シャクシャインの戦争

シャクシャインの戦争1669年松前藩の和人の不平等な交易に対して、シブチャリ(静内町)の首長シャクシャインに呼応した北海道ほぼ全域のアイヌたちが立ち上がったが、彼は和睦の席で殺され、アイヌは松前藩の支配下に置かれた。1663年の有珠山噴火は日高まで多量の軽石(Us-bテフラ)を降らせ、アイヌの人たちの生活に影響を与えた。碑は戦場となった国縫川近く、旧国縫小学校の敷地内にある。

792 開拓の赤と白

エゾニワトコ・ノリウツギ洞爺湖の周游道路で赤い実と白い花を見つけた。エゾニワトコの実とノリウツギの花。たまたま隣合って咲いていたのだが、どちらも灌木で北海道の原野の原風景だ。100年も前、開拓者たちは、高さが3mもあるセリ科のエゾニウの白い花の荒れ地や、林縁のこのような茂みに荷を解き鍬を入れたのだろう。遠目には可憐だが性は頑強で、人々の汗と涙をつぶさに見てきた植物だ

791 麦わらロール

麦わらロール硬く言えば麦稈(ばっかん)ロール。秋蒔き小麦の収穫が終わったあとに続く二度目の収穫作業だ。ラップに包んで醗酵させる牧草ロールとは違い、牛たちの寝わらに使われるとのこと。揉みしだかれ微生物も添加され、やがて堆肥となって循環する。我が家の地続きの麦畑で麦刈りが終わって、5日目でこの作業。夕方には運びだしも終了して、農家の人達には息つく暇もないようだ。