123 灯りを囲んで

ツナ缶灯明 壮瞥町で子どもたちの防災キャンプがあった。有珠山は三十数年ごとに噴火を繰り返してきた。次の噴火まで折り返し点を過ぎたと考え、前の2000年噴火を知らない子供たちの避難生活を想定した体験学習だ。避難初日あたりの物資の少ない夜を想定し、夕暮れ、灯りを消し、ツナのオイル漬けの缶詰に灯心を差し込んだ小さな灯りを囲んで、非常食のみの夕食となった。その場にあるものを利用して作った灯りがみんなの顔と心をひき寄せてくれた。

122 いずこへ

ワカサギの群れ 壮瞥温泉の湖岸で出会ったワカサギの群れ。幅1m位で全く途切れずに同じ方向へと延々といつまでも続いていた。膨大な量だ。私が今回たまたま出会ったのであろうか。いつものことで、驚くに足らないことなのだろうか。このような豊かさを洞爺湖で見られた悦びは、この湖への私の認識をがらりと変えてしまった。これだけの数の生きものは何かによって養われているのだし、何かを養っているのだ。潜ってみなけりゃわからない世界。

121 潤沢の証人

スジエビ 観光客の多い少し賑やかな壮瞥温泉の湖畔を潜ってみた。壮瞥滝付近とは大違い、みごとに豊かな生物たちの姿に出会った。要するに「富栄養化」の世界が有った。アオミドロ( Spirogyra  sp.)に被われた軟らかな世界に、たくさんのスジエビが遊んでいる。ヨシノボリの顔も見えている。陽光の届く豊潤な世界だ。潤沢な生物相を示すのは恒常的にリンや窒素などの栄養塩類が補給される、水陸相まっての生物生産が活発な地域である証しなのであろう。

120 生き急ぐ

ドロノキの落葉 ドロノキの落葉が始まった。8月末の昭和新山の山麓、緑濃い森の中にこの樹の根もとだけ厚い落ち葉が積み重なってゆく。ドロノキはハンノキ類とともに陽樹の代表的存在だ。7月には種子を充実させ綿毛で風に乗る。荒廃した火山灰地や河原などに着地した種子はその年の内に発芽し根を下ろす。葉は窒素分が多く良い土壌を作ると言う。なぜこの季節に葉を落とすかについては諸説が有るらしい。大木になるが寿命は百年程度。ある意味で明快な木だ。

119 いのちの証し

ウチダザリガニ、マシジミ 青い湖底に白いものが目に付いた。上はウチダザリガニのハサミと下は粉砕されたマシジミの殻。水深3~4m。1930年頃に阿寒湖に導入されたウチダザリガニは道東域で繁殖域を広げていたが近年洞爺湖、支笏湖からも繁殖が確認され、特に洞爺湖サンパレス付近では大量の個体が継続的に捕獲され、環境省により調査が行われている。その地点から東へ4km離れての確認となる。今年2個体目で、この種特有のハサミの白いシグナルも確認済みだ。マシジミはコイが摂餌後吐き出したものだろう。コイには喉に大きな咽頭歯が有り、タニシや二枚貝の硬い殻をかみ砕く。海と違ってこの洞爺湖の動物たちの姿は少ないが、生き物たちの存在の証しはあちこちにある

118 碧い城壁

湖底の岩壁 約11万年前に起こった巨大噴火のカルデラに水がたまって今の周囲43km、深さ180mの不凍湖、洞爺湖が誕生した。出来て間もない水のない頃のカルデラはさぞ壮観だったろう。当時のカルデラ壁上部近くにあったのがこの岩壁だ。この岩壁を越えて洞爺湖からただ一つ流れだすのが壮瞥滝だ。20m近くあるという壮瞥滝を形成するこの岩盤はやはり火山に由来する岩石で、洞爺カルデラよりはるかに古いと言う。壮瞥滝はゆるぎない大盤石な滝なのだ。

117 森の「オーイ」

「おーい」のミズナラ ここは洞爺湖中島、夜は無人だ。昼間はフットパスをめぐる人たちの声や島へ往復する観光船の音が遠くから聞こえるが夜は静寂そのもの。深い森に夕闇が迫る頃、樹々たちは太い声で話し始める。先ずはこの樹がひとこえ呼びかける。「おーい」。

 口を大きく開いて「おーい」と呼びかけている太いミズナラの古木。中は洞になっていて、この口に顔を入れて「オーイ」とさけぶと「オーイ」と反響する。この森の妖精「オーイ」のミズナラ。葉はふさふさと茂り、まだまだ壮健で樹皮もしっかりしている。しかし、子は無い。種子のドングリも芽を出した若木もみんなシカが食べてしまう。このままでいくとこの樹は一代限り。こんな古木がたくさんある。今夜も叫んでいるよ「オーイ、何とかしてくれー」

116 トチノキ婆さん

トチノキ婆さん アイヌ語ではトチの実を「トチ」、幹を「トチニ」と言うそうだ。縄文の時代からその実も材も生活に繋がっていた。実は食料に幹は臼や杵になったと言う。洞爺湖中島のフットパスでトチの実やその厚い殻皮が落ちていたらその斜面にはきっと大きなトチノキが有る。トチの老木を見つけ皆で記念写真を撮った。トチは灰汁抜きが難しく食料としては日常から姿を消したがフィールドでの存在感は抜群だ。トチノキのお婆さん、おいしいトチ餅を御馳走してよ。

115 緑青スプーン

緑のスプーン 暑い日が続き、たまらなくなって洞爺湖で泳いだ。穏やかに広がる湖岸の緑を眺めながら澄んだ湖水に潜るのは贅沢の限りだ。切り立った岩棚から深みに落ち込む碧さはたまらなく美しい。水深3mほどの砂の上に緑色のスプーンが落ちていた。古くから沈んでいたらしく、すっかり酸化して緑青に覆われている。

 以前、洞爺湖への流入河川はカルデラ外輪からのものだけで、流出は壮瞥滝のみであった。1939年に長流川から導水をし3カ所に発電所が作られ、上流の黄渓にあった鉄・硫黄鉱山から強酸性廃水が流れ込み、1970年にはpHが5.3まで低下したと言う。現在、国が巨額を投じて中和処理を行ない、これは半永久的に継続してゆく。だが、有珠山の1977と2000年の噴火では噴出された火山灰によりpHが上昇、多少生態系が改善されたようだ。水中では時々コイや小魚に出会うが、生物生産の場としてはまだまだ貧弱な湖である。人が手を加えて悪化した洞爺湖の水質と、自然災害がもたらしたその改善。「禍福はあざなえる縄」か。

114 麦秋

麦秋 家の裏で秋播きの小麦の刈り込みが始まった。7月末から8月、よく乾燥した日が続いたので収穫は順調だ。けたたましい音と金色の穂のくずを撒き散らしながら畑の収穫は数時間で終わってしまった。有珠山の外輪から見下ろすと、伊達市から壮瞥町にかけて様々な色付いたパッチの風景が広がっている。この小麦はパン用ではない。パンを毎週1kgの粉で焼く私としては残念だ。