912 有珠山山体崩壊

有珠山山体崩壊有珠山はかつて富士山型の火山で、7~8000年前に噴火湾方向に大きく崩壊し、流山地形や有珠湾などが形成されたと聞いていた。だが、崩壊したのはもっと古い年代という説が縄文遺跡研究グループから報告され、興味津々だ。山体崩壊の資料採取勉強会が行われ参加した。分野の異なるいくつもの研究結果が提唱され、論議されて定説が導き出される。年代測定法が進歩した今、目が離せない。面白くなってきた。

911 流された木の実橋

流された木の実橋2000年の有珠山噴火では、金比羅山火口からの熱泥流で水路工にかかっていた国道230号線の木の実橋が流された。木の実橋は87m流され、町営温泉の建物と共に火山遺構として残されている。橋の上には泥流の土砂が残り、コケ類、乾燥に強い草本、ドロノキ、ヤマナラシ、カラマツなどの木本が生育中だ。手前、橋の上の街路灯横の樹はヤマナラシ、その向こうの数本はドロノキ。

910 幸連(こうれん)5遺跡

幸連5遺跡津軽海峡に面した木古内町幸連5遺跡の遺跡見学会があった。海成段丘上、4000年以上前の縄文中期の遺跡で、大規模盛土遺構、幾重もの大型住居跡について説明を受けた。フラスコ状を含めた100基以上の土坑から生業のたくましさが伝わる。さらに時が経った10世紀、遺跡の上に降りそそいだ白頭山テフラ(B-Tm火山灰)の白い堆積を示され、時の流れと遺跡で生きた先人達を思い、その重い意味を足裏にしかと感じた。

909 Snow-In-Summer

Cerastium sp.噴火遺構の荒れ地でこの花を見つけた。オオバナミミナグサ、タカネミミナグサなどと同じ Cerastium属。梅沢図鑑、佐竹義輔らの平凡社図鑑にも近い種がたくさん載っている。気が付くと、ご近所さんの庭や石垣でも咲いている。この爽やかな純白さはひときわ目を引く。園芸種で調べると Snow-In-Summer の名でガーデニングの世界的普通種。名はナツユキソウ。この際、標準和名はともかく、是非我が家の庭にも一株。

908 Eureka !

ノロ頁岩を探しに入った胆振幌別川で黒く重い岩石を拾った。持ち帰り量ったら1154g。容器いっぱいの水に沈め、溢れ出た水の量は513g。故に計算上の比重は≒3.03。重くて有名なアポイジオパークの橄欖岩は≒3.0だがこれと違う。川の中流、鉱山町の精錬所には1908年高さ5.5mの溶鉱炉が3基作られたという。わかった。これは炉の残滓・ノロなのだ。アルキメデスに乾杯。ユーレカ!

908 シコタンタンポポ

シコタンタンポポ昨年はこの場所には一株も確認できなかった。2015年には10株ほどあったが、その後見つからず、今年はこの1株だけ。ほぼ同じ場所に復活してくれた。シロヨモギ、ハマエンドウ、ハマヒルガオ、コウボウムギなどの海浜植物に混じって、海の飛沫のかかる場所に咲くニホンタンポポだ。この時期、トッカリショ、マスイチなどの海の断崖にもしっかりと根を下ろしている。

907 イタンキ浜を歩く

イタンキ浜大潮ではないが十分に潮が引いていると考え出かけた。今日の満干差は130㎝。新緑と室蘭層の白い断崖が砂地の水面に映っている。この崖は700万年も前の海底火山から噴出した火山灰や礫が海中で堆積したものだ。日本海ができ、日本列島の形が形成された頃のことだろう。この浜辺を裸足で歩く。地球を愛おしく感じながらどこまでも歩く。

906 やすらぎの家

2000年噴火泥流2000年3月31日の噴火開始から1週間ほどして、金毘羅山に開いた火口からの熱泥流の噴出が最大となった。やがて熱泥流は流路工にかかる二つの橋を押し流し市街地へと溢れ出た。   ここは手前から向うへ家具が一瞬にさらわれた町営浴場「やすらぎの家」の休憩室。柱や天井に泥流の飛沫が残っている。余勢を駆った泥流はその下の洞爺温泉小学校の校舎を突き抜け、湖岸にまで達した。

噴火遺構として残された「やすらぎの家」の壊れた窓の向こうには、若葉が萌え、青く澄む湖水と雄大な残雪の羊蹄山が望まれる。小学校は隣の月浦地区に移転し、用地は洞爺湖ビジターセンター・火山科学館となった。火山としてはごく当たり前の噴火という自然現象と、それに対応してゆかねばならない私たちの生活がある。自然との折り合いの付け方を考えさせられる。

905 珠ちゃん火口

珠ちゃん火口洞爺湖温泉に続く住宅地「木の実の沢」は1977年噴火で被害を受け、さらに2000年噴火には断層面に沿って「有君火口」「珠ちゃん火口」などが開いた。この火口は最後まで噴泥を間欠的に吹きあげ、空震をともなっていたが、現在では湿地となっている。アシと共にドロノキ、シラカンバ、ヤナギ類が成長していて、あと10年もすると温泉街や湖、羊蹄山は隠されてしまうだろう。

904 キタキツネ

キタキツネ爽やかな5月の風の中でキタキツネの夫婦に出会った。太った子を連れていた。衣替えで雌(右)はコートを脱ぎかけている。街の近くのキタキツネは寄生虫のこともあって、冷たい目で見られがちだ。こうやって彼らたちの自然な姿を見ると、内心ほっとする。野生の生き物たちが生きてゆける自然があればこそ、同じ哺乳類である我々も、安心して子育てができるというものだ。