146 黴の花

ベニテングタケ ひとはベニテングタケと呼ぶけれど、本来は Amanita muscaria というカビ。日本のみならずヨーロッパ、北アメリカ、今では全世界的に蔓延している担子菌類だ。世界中の暗く湿った土の中で、針葉樹や広葉樹の根に絡みついて共生する菌根菌である。しかしキノコはカビの花、地表に現れた表向きの顔。だがこの面構えを見よ。それは胞子を風にのせ終えて、まだ立ちつくす強面な野伏せり。ぼろぼろになりながら急流に朽ち果てる雄鮭に似てないか。

145 秋日和そして冬

秋日和 色付き始めた有珠山山麓の広葉樹。ナナカマド、カエデ、カンバ類。中ほどの山は洞爺湖中央に浮かぶ中島の西山(454m)だ。洞爺湖カルデラの広大な台地の向こうに羊蹄山(1892m)が裾野を広げている。秋と冬が混在した風景。北海道の自然は本州中部でいえばプラス1000mの気候と言われる。頂きの冠雪は徐々に麓に降り、樹々は葉を落とし、かくして北の自然は順次時を進ませて、ひと月もするとやがて冬を迎える。

144 忍者の樹

忍者の樹 人が樹に?樹が人に?。自然はこれだから面白い。見る人によって樹に抱きついているのは、一人ならず3人まで増えるから不思議。4年ほど前に見つけたら、仲間の知恵者がが“忍者の樹”と命名してくれた。この樹の和名はごく普通のイタヤカエデ。幹に絶妙の襞が出来て忍びの者と間成った。自然の妙、というよりは人の心理の曖昧さ、都合のよさ加減からくるのであろう。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」。

143 火山の基本形

洞爺湖西山 秋の中島、みごとな三角山、西山溶岩ドーム454m。湖面は海抜84mだから頂上まで371mを登ってたどり着く。5万年前に激しい噴火を繰り返しながらいくつもの山頂と島を作った。水との接触で出来た爆裂火口のマールも存在する。写真左手の桟橋岬(仮称)の左手の湖岸もマールだ。西山溶岩ドームは成長しながら岩塊を転げ落とし、火山特有な角度「安息角」を形成した。誰が見ても火山と分かるプロトタイプ。

142 森からの頂き物

タマゴタケ 手ごろな大きさのタマゴタケを採った。トドマツと広葉樹の混交林。幼菌は白い卵形のツボを持ち軸は橙色、カサはことさら赤い。Amanita hemibapha の種小名は“半分染めた”の意味。ヨーロッパ産は A. caesarea と言う別種で帝王シーザーの名を持つ。 美味なキノコとして有名だが、Amanita属にはよく似ている過激な毒菌もあって判別が難しく、安易に食べてはいけない。

141 名残の意匠

ヤマシャクヤク 洞爺湖の中島で出会ったヤマシャクヤクの実。初夏、半日陰の林で出会う白く柔らかで大きな花弁は、庭の園芸種より幾倍も美しく感じる。過日の中島には、この花で埋め尽くされる場所があったそうだ。特徴のある花柱は袋果となって秋に裂開する。反り返ったマゼンタ色の袋果に載る濃紺の種子と、不稔の未熟種子のカーマインスカーレットのマッチングがひときわ眼を引く。末枯れてゆく季節の中に残された、暑かった夏の日の滲んだ血の一滴。

140 母なる懐

虹の彼方に 長く暑かった夏の余韻なのか秋が遅れ、いつもなら見事な紅葉のはずなのだが洞爺湖中島の色付きは少し物足りない。と、思いながら帰路の観光船の船尾にいたら、淡い通り雨の直後、一瞬明るくなった中島を背景に見事な虹が出た。自然が見せてくれる一発芸。自然は心を委ねるとふっと懐を開き、私たちにそのすべてを惜しげもなく与えてくれる。私たちの心の隙間を軟らかい何かでいっぱいに満たしてくれる。

139 キノコのお家

キララタケ 洞爺湖中島の博物館桟橋近く、土が流れてむき出しになった木の根の穴の中に、小さなキノコが肩を寄せ合ってうずくまっていた。これはキララタケ。若い個体はきらきら光る白い雲母片のような粉を付けていてこう呼ばれる。命短いヒトヨタケの一種。この島の植物は増えてしまったシカにやられて壊滅状態だ。このキノコ、シカの好みは知らないが、このシェルターの中なら安心だ。空っ腹のシカも可哀そうだが、逃げ込んだキノコも哀れ。

138 妖しい会議

ウスキモリノカサ 室蘭岳チマイベツ川の源流近く、幾本ものミズナラの巨木のある原生林はキノコたちの秘密の王国だ。ふた抱えもある腐った切り株の洞の奥に白いキノコがかすかに見えた。蓋になっていた木片を一つずつ取り除いたら、そこにあったのはキノコたちの密室。純白の絹のドレスで装った11人のウスキモリノカサの姫たちと居並ぶアシナガタケ諸侯。いったい何の密談中なのか。次の満月の夜の舞踏会のこと?それとも、王様がいなくなっちゃった?。

137 分布は北満、樺太、北海道

チョウセンゴミシ チョウセンゴミシは日本薬局方にも載っている古くから知られた生薬だ。五味子とは含まれる甘味・酸味・辛味・塩(鹹)味・苦味に由来すると言う。秋の日の午後、長流川の上流で以前に見つけておいた株を友人を伴って見に行った。数年前から「ぜひ案内しよう」と約束していた場所だ。瀬音のする山合いに夕闇の迫る頃、ほのかに赤く色付いた幾つかの房に再会。ウスリーの作家、バイコフを教えてくれた旧友との約束がこれで果たせたというものだ。