440  野武士と菫

サケとスミレ

伊達紋別付近の海岸で釣り上げたという二匹のサケはそれはもう見事なものだった。70㎝を優に超す成熟したオス鮭で、少しブナがかかってはいるが精悍な野生の風貌だ。湾曲した牙は猛き血の色、小さな漆黒の瞳はひたむきな情熱の証し、おぬしは海の野伏せりだ。 芝生に続く敷石にドテッと置いたら、丁度そこには遅れ咲きのスミレが一つ咲いていて、海と庭の晩秋の奇妙な組み合わせが意外によく似合った。袖すりあうも多生の縁か。こうやって季節と命はないまぜとなって廻り、次の春へと引き継がれる。

 

439  オンコの実

オンコの実秋が深くなりすべてが色褪せてゆく中でイチイだけは健在で、葉は深緑に実はいよいよ紅くみえる。実を口に含むとネットリ、ツルリと甘みが広がる。種子だけは苦いし有毒成分を含むので飲み込まない。北の地のこの季節の恩恵で、通りすがり、他人の生け垣であってもついつい一ついただいてしまう。どういう訳かこのイチイの樹をオンコという。アイヌ語では「クネニ(弓・になる・木)」だという。太古の昔からヒトはこの実の甘さを身近に味わったのであろう。舌の上でつるりと甘いたびに気持ちだけはいにしえ人になる。

438  身近だった

ヤマブドウ初雪が風とともにやって来ると、秋を彩っていた葉が一気に落ちる。明るくなった林を足音とともに歩く。いちばんの贅沢だ。梢から落たヤマブドウの小さな房が見つかった。新鮮で白い粉が付き、天然の酵母も一緒なのだろう。見上げるといくつもぶら下がっているが、あわてて採ることもあるまい。昔、老人が種ごとカリカリと食べていたのを思い出した。上出来ではなかったが、昔はこれで素朴なワインを作った。アイヌ語では「hat=ハッ」というそうだ。

437  グミ X グミ

グミのグミアキグミは陽のあたる痩せ地に生える潅木だ。昭和新山の麓から、今では頂上にまで進出している。小指の先ほどの実が味の特徴を失いもせずたわわに実る。夏の干天を煮詰めたような濃い臙脂色の実が季節を遅れてご登場。 「グミでシロップを作ったのですが」と知り合いがコップに持って来てくれた。深く紅い色を見た瞬間「そうだ、グミを作ろう」と考えた。ゼラチンを多めに入れて熱を加え、水飴とレモン汁で味を調えて、チョコレート型に流し込んで完成。

435  南国の痲味

サンショウ柑橘類は常緑で味も香りも魅力的だ。洞爺湖周辺には北限のサンショウが分布していて落葉性だ。雌株に弾けた実が着いていた。手間いらずだ。この果実の皮、花椒は北海道人には馴染みの薄い香辛料だが、意外に北の海の幸との相性もよい。コンブ、身欠きニシンなどとの組み合わせで関西伝統の風味となる。ナラ林から照葉樹林文化への憧憬か。そうだ、麻婆豆腐を作ろう。こいつを入れて四川本場の痲辣味だ。

431  黄金の果実

マルメロ今年もまたマルメロが実をつけた。甘く南国の果実のような蠱惑的な匂いはストレートに私の脳のどこかを昂らせる。収穫する指先に香りが蜜蝋のように纏わりつく。実を窓辺に置くと部屋中に香りが満ちわたる。 だが、この果実は芳香に惑わされて不用意に歯を当ててはいけない。堅牢な果皮と果肉は門歯二枚を損傷させる力を持つ。マルメロで作るMarmeladaというゼリー菓子がある。昨年、このジャムとゼラチン、水飴で作ったが、香味が残り実に旨かった。

427  秋サケをもらった

腹子の入ったサケ知人からサケをもらった。この時期、北海道の海岸ではごく当たり前にサケが獲れて店頭にもよく並ぶし、一匹まんまのやり取りもよくあることだ。上物のサケで75cmの堂々たる体躯。腹を割いたら立派な腹子が1kg近く採れた。腹子はガーゼに包み味噌漬けにすると素晴らしく旨くなる。イクラを作る今回はばらばらにして醤油味のイクラにする。もちアミの上で揉むか箸でしごくとほぐれる。サケの卵一粒が一匹の命、丈夫に出来ている。塩水で洗い、醤油とほんの少しの日本酒をかけ、たまに混ぜながら冷蔵庫に数日保管すると出来上がり。白い飯に合う、酒に合う、サラダにも。冷凍も可能だ。もちろん身の方も楽しむ。皮は滑るので軍手を着用。頭をとり、腹ビレのあたりで上下に分け、それから三枚にすると仕事は簡単。塩を振り身の水分をペーパータオルと新聞紙に吸いとらせ、あとは焼いても、煮ても思いのままだ。ただしイクラの入っている雌の味は一段落ちることを付け添える。

 

417  縄文の水

縄文の水伊達市若生町(わっかおいちょう)に古くからの湧水があり、水神の碑があり、シナノキの巨木が残っている。山田秀三によるとwakka-o-i(水・ある・処)の意で、澄んだ水はエントモ岬近くまで流れ草地に消えるという。ここは7、8千年前に有珠山が山体崩壊した流れ山の地形である。この水は縄文の昔からここに住む者の生活を養ってきた。近くには厚い層の貝塚と遺跡がある。すくって飲んだら実に旨かった。暮らしを乗せ、時を乗せ、水は流れる。

414  香りのハナビラ

ハナビラタケ知り合いから「これ何ですか」と純白のキノコを頂いた。ずいぶん大きな株だったそうで、もちろん「何処で」は言わないし訊かない。「食べました、美味しかったです」と味の評価も添えてキャベツ1玉くらいのを頂戴した。即座にハナビラタケと判断した。40年前、蓼科山で採ったが、それ以来食べ頃のには出会っていない。炊き込みご飯、マリネにしたが、色、味、香り、歯触りすべてに最上等品。ごちそうさま。

413  季節の恵み

収穫今年の収穫の出来は良かったのかどうなのか良くわからないが仲間が集まってまずは終了。ひと月前に漬けこんだウメは3日干して2年漬け込む。ホワイトプラムは表皮の防除対策が功を奏してまずまずの出来。モモはスズメバチに食い荒らされて少し硬いが50個ほどの早めの成果。うつろう季節の中に自然からの多くの賜り物があった。近所のプロの手業を手本に見よう見まねの素人仕事。あとはリンゴを待つばかり。ブドウは霜が降りてから。(9月8日)