438  身近だった

ヤマブドウ初雪が風とともにやって来ると、秋を彩っていた葉が一気に落ちる。明るくなった林を足音とともに歩く。いちばんの贅沢だ。梢から落たヤマブドウの小さな房が見つかった。新鮮で白い粉が付き、天然の酵母も一緒なのだろう。見上げるといくつもぶら下がっているが、あわてて採ることもあるまい。昔、老人が種ごとカリカリと食べていたのを思い出した。上出来ではなかったが、昔はこれで素朴なワインを作った。アイヌ語では「hat=ハッ」というそうだ。

437  グミ X グミ

グミのグミアキグミは陽のあたる痩せ地に生える潅木だ。昭和新山の麓から、今では頂上にまで進出している。小指の先ほどの実が味の特徴を失いもせずたわわに実る。夏の干天を煮詰めたような濃い臙脂色の実が季節を遅れてご登場。 「グミでシロップを作ったのですが」と知り合いがコップに持って来てくれた。深く紅い色を見た瞬間「そうだ、グミを作ろう」と考えた。ゼラチンを多めに入れて熱を加え、水飴とレモン汁で味を調えて、チョコレート型に流し込んで完成。

436  綴れ織り

洞爺湖中島西山洞爺湖中島の博物館桟橋に近づくと、西山が指呼の間に望める。大気は澄み山肌に陽が当って、その色合いは上等の綴れ織りのようにみえる。草木の色は変容し補い強調し合って厚みを増してゆく。綴れ織りはエジプト、中国、西洋、そして日本でも自然発生的に誕生したといわれる。自然が持つ形や色彩の多様性が、人の感性をより豊かなものとした。真摯に自然と向かい合った指先が豊かな文化を生み出した。

435  南国の痲味

サンショウ柑橘類は常緑で味も香りも魅力的だ。洞爺湖周辺には北限のサンショウが分布していて落葉性だ。雌株に弾けた実が着いていた。手間いらずだ。この果実の皮、花椒は北海道人には馴染みの薄い香辛料だが、意外に北の海の幸との相性もよい。コンブ、身欠きニシンなどとの組み合わせで関西伝統の風味となる。ナラ林から照葉樹林文化への憧憬か。そうだ、麻婆豆腐を作ろう。こいつを入れて四川本場の痲辣味だ。

433  半世紀の間に

切り株の上のシラカバ森の中の切り株から伸びあがったシラカバ。腐植する針葉樹の大きな切り株の上で発芽したシラカバは根を伸ばし、切り株はいよいよ崩れてゆく。これは森の摂理、樹木の更新の形だ。シラカバが発芽したのは太さから35~40年くらい前のこと。ここは洞爺湖中島。鹿が増える前のことだろう。周囲の緑は鹿が嫌いなフッキソウ。向うの林はストローブマツ(人工林)。この風景から、半世紀ほどかかって作られたこの空間での自然の成り行きが見て取れる。

432  警戒色

マムシグサ洞爺湖中島の林内はエゾシカの食害で貧弱な植物相となっている。草本で目に着くのはハンゴンソウ、フッキソウ、フタリシズカ、クサギなどだ。この時期遠目がきく林内でよく目立つのはマムシグサの実。蓚酸が含まれ、口にすると哺乳類すべてひどい刺激を受けるのは必至で、この赤い色は警戒色なのだろう。しかし同じ赤い色でも無毒のものや甘いものもある。生き物たちはどうやって判別しているのか。

431  黄金の果実

マルメロ今年もまたマルメロが実をつけた。甘く南国の果実のような蠱惑的な匂いはストレートに私の脳のどこかを昂らせる。収穫する指先に香りが蜜蝋のように纏わりつく。実を窓辺に置くと部屋中に香りが満ちわたる。 だが、この果実は芳香に惑わされて不用意に歯を当ててはいけない。堅牢な果皮と果肉は門歯二枚を損傷させる力を持つ。マルメロで作るMarmeladaというゼリー菓子がある。昨年、このジャムとゼラチン、水飴で作ったが、香味が残り実に旨かった。

430  トドノネオオワタムシ

トドノネオオワタムシ山の黄葉が進んで、ふっと気温も緩み風が凪いだとき、いつものように雪虫に出会う。今日の裏庭は雪虫の吹雪のようで、ユキムシスープの中にいるようだった。どうしてもふわふわ飛ぶ雪虫を画像に収めたくて重いカメラを覗きながら700枚ほど写して使えた2枚がこれ。前肢を高く掲げ後肢をそろえ、凛と矜持を持って飛んでいる。心もとなくあやうくも見える雪虫の正体は小さくも強かな生命体だった。標準和名はトドノネオオワタムシ。ヤチダモなどの広葉樹とトドマツを宿主として移行、変態と単為生殖を繰り返す。いのちの複雑さと進化の妙である。生活史は北大の河野弘道博士により明らかにされた。

河野博士は縄文遺跡の貝塚をアイヌ儀礼の「物送り場」と考えたことでも知られる。これは現在の縄文文化を考える基本理念ともなっている。伊達市噴火湾文化研究所長・大島直行氏によるブログ、「縄文へのいざない」参照。http://jomon-heritage.org/blog/kouza/224

429  インディアンサマー

ベニシジミ数日小春日和が続いて、ベニシジミがコリウスの葉に止まっている。オツネントンボもそうだがこの季節昆虫達はとても温度に敏感で、風のない昼下がり、いろいろの虫たちに出会う。夏のベニシジミは翅の色も褪せてしまって見る影もないが、この季節になると春と同じ低温型の濃い色合いの翅に戻る。足早にやって来る冬に向かって、一瞬の秋の陽の光をむさぼっている。このチョウは成虫では越冬できない。彼女はそのことを知ってはいない。

428  カワラタケ

カワラタケミズナラの切断面に生えたカワラタケ。白い縁取りで青味の強いタイプ。単毛に覆われてビロードの光沢がある。何かの絵図で見た古代中国の青いよろいを思い出す。北京にある世界遺産天壇の瓦屋根も深い藍色だった。日本なら信楽の青生子の火鉢の釉薬だ。たかが食膳にのぼらぬキノコと言いながら、この青い色は多くの記憶を引き出してくれる。広葉樹や針葉樹の枯れ木などに群がって発生する白色腐朽菌。人里、山奥、世界中に見られる。