291 綴れ錦の

洞爺湖中島洞爺湖中島へ出かけた。エゾシカの食害で林床の植生はいたって貧弱だが、それでも人手がほとんど入っていない樹冠の色の贅沢さがここにある。博物館桟橋の向こうに見える西山、それぞれの樹種が異なる色で秋を迎えている。エゾ、トド、ストローブマツの濃緑、カツラ、カンバ、ハリギリの鬱金色、そしてミズナラ、トチノキの代赭色。一枚仕立ての綴れ織り。出かけて見なければわからない豪奢そのもの、錦繍の秋。

290 落暉残照

ギボウシこの夏の強かった日差しを耐えて、権勢をふるっていたギボウシも、此の処の朝夕の冷えと冷たい雨にあたって、一気に色づき始めた。墜ち行く者の光芒、枯れ行く前の高揚がそこにある。ギボウシは「擬宝珠」。日本の品種はシーボルトによってヨーロッパに伝えられ多くの園芸種となり、ホスタと名を変えて再渡来した。若葉の生命感もいい、派手すぎない花もいい。しかし、この透明な琥珀色は命が昇華する色だ。

 

288 ドロノキの白

ドロノキ有珠山山頂を遠くに見て昭和新山の斜面と麓に生育するドロノキ。よく晴れた秋の陽を受けて葉を落とした幹の白さが良く目立つ。パークゴルフを楽しむ人影と比較すると樹に大きさが分かる。昭和新山が噴火し、70年も経つとこのような林となる。ブログ287の裏側の風景。

287 昭和新山、秋時雨

昭和新山のドロノキ葉を落としたドロノキが昭和新山の斜面に白く広がっています。70年前、噴火で植生がリセットされた斜面にパイオニアツリーとして最初に生育した樹です。綿毛に包まれた微小な種子はその年の内に発芽し、森の主要メンバーになりました。ドロノキは秋、最初に落葉します。「順次開葉型」のこの樹は一番新しい葉を残して、被陰された葉はすでに落葉してしまいました。ドロノキの存在量を見るのに良い季節です。

286 命を繋ぐ海

夕日をうけて西風の強い室蘭、崎守の岬。夕陽に染まる海にカモメが飛び交う。風が吹くとここの海は何時もこうだ。海は荒れる、カモメは風に浮く。ごく当たり前の情景だ。カモメはカモメ、海はいつもの海。日常慣れし、安泰化した私の眼だけが違う。人とすぐ隣にあった野性とのかかわりはこうではなかったのか。猛る自然の中でこそ私たちの命も存在していたはずだ。

283 木陰の炎

マムシグサこの季節遠目にも気付くマムシグサの赤い実。テンナンショウ属の有毒植物だ。蓚酸カルシウムなどの毒成分により、一粒食べても口の中に灼熱感と激痛が走るという。洞爺湖中島の増えすぎたエゾシカの食害からも逃れている。ミノカサゴ、サンゴヘビなどと同様派手な色彩で自己の有毒を喧伝しているようにも見える。生態系という時空の中での進化の妙味だ。澱粉を含む塊茎は救荒植物だともいう。古来ヒトは無毒化させる手法を考案しながら食の文化を築き上げたが、それだけ過酷な自然を生きてきたということなのであろう。

282 ここにもセントへレンズ火山

北海道駒ケ岳渡島半島の北海道駒ケ岳。ランクAの最も活動的な火山のひとつ。1640年噴火で頂上部が崩壊して噴火湾に傾れこみ、誘発された津波は対岸を襲って700名以上の溺死者を出した。 画像は岩屑なだれ先端の出来澗崎からの駒ケ岳。右手の砂原岳の稜線からかつての火山の形が想像できる。1929年には火砕流を伴う大量の軽石を噴出する大きな噴火があり、1942年にも中規模の噴火があって要注意の火山だ。

281 野生と畏怖

恵山火口壁私たちの内面には自然のあらゆる事象を敬う心が備わっている。言い伝えも文字も関係なく、自然の中で岩を跨ぎ樹に凭れ物陰で命を繋ぐ中で培われたものだ。人類は勿論、ほ乳類、爬虫類すべての生きものに存在する普遍的な感性なのだ。 恵山火山の山体崩壊した火口にいくつもの観音、地蔵、道祖神が祀られている。荒らぶる景観と連接する霊交(コミュニオン)。目の前の津軽海峡を隔てて恐山がある。

280 火の山「恵山」

恵山渡島半島東南端の恵山に出かけた。いつも噴火湾を隔てて遠望しながらいつかはと思っていた火山だ。4~5万年前に激しい噴火をはじめ、いくつもの溶岩ドーム形成、火砕流、山体崩壊を経て1874年の噴火を最後に現在にいたっている。崩れて広く開いた活動中の火口は画像の山頂部の陰にあたり、麓の海岸線に沿う恵山の市街からは見えない。実際に登ってみて驚いた。小さいけど見事に大きな活火山。

278 傍目八目

スズメバチの巣パークゴルフ場からの昭和新山のガイド中にスズメバチの巣を見つけ、事務所に伝えた。同じ日の新聞に近くの豊浦町で草刈り中にスズメバチに刺され亡くなった方のニュースが載っていた。私も不注意から二の腕を刺されたことがある。最初の二日間は酷く腫れて痛みと灼熱感、次の一週間、腫れはは青紫に痛みは痒みに変わり、完治まで3週間。ここで見つけた巣は頭上2m。プレイに熱中している人には見えぬらしい。