179 ホタテを食べる

Patinopecten yessoensis 北の海の冬季代表は何と言ってもホタテ。噴火湾で養殖され、4~5年物が出回っている。英名 Scallop で総称される Pectinidae の中でも特筆される食材。まして種小名 yessoensis は蝦夷地のこと。ならば北海道人としては誇るに値するまさしく自慢の逸品だ。

写真のローズマリー側から左へ、外套膜、鰓、右外套膜、閉殻筋(貝柱)、中腸線。いずれも食感、味に際立つ個性がある。大きな貝柱の横に付いている小柱(写真左上)は殻を閉じっぱなしにする平滑筋からなる補助閉殻筋で、コリコリしたなんともよい食感を持っていて、私の最も好きな部位だ。緑褐色の中腸腺は肝臓の働きを持ち、貝毒などをため込むことがあるので通常は食べないが、なかなか「濃い」レバー味が有ってこれまた旨い。ローズマリーの右にあるのはボイルした卵巣で、精巣は白みを帯びる。

乾物の貝柱は中華料理では世に聞こえた名品で、外貨獲得のお役に立っているが、われわれが日常手にするホタテは、採れたての絶大なる美味しさがあるうえ、食材としての使い勝手や値段もお手ごろで、貝柱の刺身、殻つきのバター醤油焼き、炊き込み飯などお馴染みのメニューにおさまっているようだ。だが、産卵期(春)前のたっぷりと太って豊潤な旨さの満ちた生殖巣や、外套膜の濃厚な食味は主役たる貝柱に負けない逸材である。鮮度の良いホタテが入手できることを最良の武器に、その風味を生かすことが出来れば、濃厚ながら穏やかな味わいは他の食材や調味料、ソース類との相性も良く、多様な料理へと進化できよう。現地人たるもの、この卓越した可能性を眠らせてはならない。

178 黒と白

ウップルイノリ 1月4日、室蘭イタンキ浜。北西の風が強く、-5度。干き潮の潮溜まりの海水が凍り始めている。露出したテトラポッドの潮間帯の上の飛沫帯。イワノリが貼りついた上にさらに氷が纏わりついている。このノリ、細長さからウップルイノリだろう。古代から日本海で知られた北国の海の幸だが収穫はこれから。4月になると枯れて流れ出す。芯まで冷えたが昔をしのぶ砂浜に癒された。

170 過冷却の海

伊達新港 空っ風で体感温度は-10℃以下。釣り人のタックルバッグには40cmの綺麗なアイナメ(アブラコ)が1尾入っていた。ここは減少する漁獲量を確保するために噴火湾につきだして作られた、出来たての伊達新港。こうやって浅海は隔離され埋められて、祖先から引き継いだはずの美しい海はさらに遠くなる。冷え切った体で帰路についたが、車の旧式のナビには遥か海上を走った痕跡が残っていた。

168 地の砂糖

有珠山、昭和新山 ここはR453に並行して北上する伊達警察署から立香峠(仮称)への農道。長流川の左岸の10万年前の洞爺湖カルデラの火砕流台地だ。ここは有珠山、昭和新山を眺めるには絶好の地で、人工物もなく火山の全体像が間近に見える。今は砂糖大根(ビート)の収穫の時で、噴火湾近くの工場で砂糖(甜菜糖)となる。火山灰台地が育てた砂糖というわけだ。ジオの産物、ジオの甘味だ。噴火は災害ももたらすが、その麓では人はその恩恵にもあずかる。

166 凍てつく

洞爺湖の釣 12月になって洞爺湖の釣りは解禁となった。ヒメマス、サクラマス、ニジマス狙いで、立ちこんでのフライ。見えるだろうか、ラインが昭和新山の上でループを描き、有珠山山頂、有珠新山を絡め取るように流れている。釣れると大物、ひたすら竿を振る。1投、2投、キャスティングは続く。悠久の大地と清冽な水。やがて釣る人も景色にとけ、静かさの中で時はゆっくりと凍りついてゆく。

156 キノコのマリネ

キノコのマリネ 今年は秋のキノコが遅れ、その分、この季節になっても食卓で充分に楽しめる。私にとってはマリネにするのが一番の楽しみ方だ。さっと茹で、塩と砂糖、穀物酢、イタリア風のハーブミックス、それとトウガラシの輪切り。画像のキノコはムラサキシメジ、ノボリリュウ、たっぷりとした大きさのはヤマドリタケ、つまりポルチーニ。赤いのは味と色でのアクセントのパプリカで、ベニテングではない。漬けて一週間、イグチのとろみが加わって、「アア、美味しい」。

147 釣りの情景

釣りする人々 日本全土で四季折々、釣りごころある老若男女が釣りに呆けける。いや釣果で糊口を凌いでいるのかもしれない。北海道室蘭の港。ここではワカサギの10倍も質量のある「チカ」と言う、旨い魚を釣る。「唐揚げだけさ」と謙遜するけれどその香ばしい味はなかなか。三枚にし干して炙って食すれば、キスの旨さをも凌ぐ濃厚な旨味が戻り香となって鼻孔に伝わる。釣人はそんなことなど考えず、一心に釣りをする。今日は南の強い風。北国の和みの一日。

142 森からの頂き物

タマゴタケ 手ごろな大きさのタマゴタケを採った。トドマツと広葉樹の混交林。幼菌は白い卵形のツボを持ち軸は橙色、カサはことさら赤い。Amanita hemibapha の種小名は“半分染めた”の意味。ヨーロッパ産は A. caesarea と言う別種で帝王シーザーの名を持つ。 美味なキノコとして有名だが、Amanita属にはよく似ている過激な毒菌もあって判別が難しく、安易に食べてはいけない。

136 ニッチの神様

オニグモ 8本脚だから昆虫ではない。クモ・蜘蛛(ちちゅう)類の、これはオニグモ。北国を代表する親指の頭ほどの体躯の大型のクモ。子供の頃一人でいるときは良くこれで遊んだ。転がして丸くすくんだのをカニを捕まえるように剛毛の生えた肢ごと摘まみあげ眼を近づけて観察した。そう言えばこいつは蟹類に近い。毛ガニほど大きなクモなら美味しいかもしれない。空を飛翔したりはしないが、想像もしえない中空と言う空間に生活の場を獲得した偉大なる覇者。

134 いにしえの味

モチキビ 秋の楽しみの一つはこのトウモロコシ。ブルーブラックのインクがしみこんだような「モチキビ」。ホロホロと粒が締まっていて食べやすく、歯に纏いつく感触とほのかな甘みが何とも言えない。豊かな旨さがあるのだ。親指の腹全部を使って横もぎをすると芋虫のような形になって掌に転がる。黄色で軟らかく甘さを誇るだけの今のは私にとって全然ダメ。甘けりゃいいというものではない。糖度を競う甘いだけで青臭さのないトマトも同類だ。「昔はよかったね~」。