知り合いから「ガヤ」を4尾頂いた。磯から上がって間もなくの、身の厚いエゾメバル=蝦夷眼張。これぞまさしく鮮魚なり。春告げ魚(はるつげうお)の名もあって、北国の旬はこの時期だ。 味を抑えて煮物に仕上げた。舌に広がる磯の味。中学の頃、春の磯でガヤを釣っていたことを思い出す。 翌日は、少し硬くなった身に煮凝りを乗せて、少しずつ箸で解しての酒の友。旨かった。
「美味しい」カテゴリーアーカイブ
498 春の頂き物
492 鱈と筍
484 風貌はおとなしいが
大沼東端付近から春の陽を受ける渡島駒ヶ岳南東面。例年より雪の少ない3月3日、流れ山の林の色が柔らかくなって春の兆しを感じる。火山土地条件図を開いてみた。特異な風貌のこの山は、左右両山麓の傾斜をつなげる富士山型の山様だったという。5千年の休止期間の後、1640年に突如爆発した。徳川時代の初期の頃だ。中央に丸く見えるのが隅田盛(584m)、左は剣ヶ峰(1131m)で、その間の大きな斜面が一回目の山体崩壊した斜面で、水系を分断して大沼などを形成した。右のピークは砂原岳(1112m)で、その手前の斜面が二回目の崩壊の跡で、この時の岩屑なだれは噴火湾に大きな津波を引き起こして、室蘭、有珠周辺で7百人以上の死者を出したという。その津波堆積物は遺跡発掘の実年代を判定する基準になっている。顔立ちは幾度もの山体崩壊を繰り返してできた磐梯山の東側にも、1980年に噴火したセントへレンズ山にも似ているし、有珠山もまた1663年の噴火以前の風景は似たものだったであろう。
噴火湾になだれ込んだ跡は出来澗崎(できまざき)として残っており、沖合はるかまで続いてその岩礁は水産資源をうみだしている。対岸の有珠の海も7千年前の今の海岸線に至る初期の時代にはこうであったろう。この海岸を最近になって幾度か訪れた。浸食されつつある岬の漁師は「いい海だ」という。有名な砂原(さわら)コンブや近年名が売れた「ガゴメコンブ」の自慢をし、上質な海の幸をたっぷりと分けてくれた。
483 クミンの香り
481 「嗚呼、持っていかないで!」
伊達市で歴史講演会があっての帰り、会場となった消防署の横道を車で通り過ぎようとしたその時「パーン」と屋根の上に何かが当たった音がした。突然のことだったので、本当に驚いた。まさか隕石ではあるまい、クルミ大の石ころが直接当たった音だ。降りて確認したら、まさしくクルミ大の「クルミ」。瞬間、カラスの仕業に巻き込まれたと気が付き、見上げると消防の屋根から覗き込むハシボソガラスと目が合った。
クルミで遊び、結果旨いナッツにありつけるなら、尖った嘴は最良のアイテム。上手くいくとは限らない。丁か半かの賽の目に、賭けて通りかかったのが私の車。驚いたけれど、カラスの行動を探っている私にはよい証拠品、と頂くことにした。
478 目覚めの時だ
470 卵だけ
467 タラを打つ
室蘭市の太平洋に面した漁港近くの住宅地で、男がハンマーで何かを打っている。思い当たる節があって、車を停め「懐かしい風景ですね、昔はよく見たね。スルメなんかも」と言ったら、「俺たちはいつもこうだ」という。歩道の縁に腰掛け「タラを打ち」を続け、立ち上がりながら二本差し出し、「うまいぞ」「掃除はしないんだ、あとはカラスが食う」と言って家に入っていった。
日曜日の午後三時、明日は時化模様。これからタラとマヨネーズと唐辛子で焼酎か。ご近所付き合いしたいですね。 近くのどの家の軒下にも、スケソウダラが寒風に揺れている。帰りの車の中の、叩かれて幾倍にも膨れ上がったむき出しのタラからは、凝縮されていた旨みがハンマーの力で弾けとび、肺の腑、胃の腑まで滲みこんでくる。
460 岩石を食べる
伊豆ジオパーク、ジオガシ旅行団(ブログ450を見てください)から新作が届いた。茅野八窪山スコリア。標本箱のような渋くしっかりした紙箱を開けて驚いた。これは本物のスコリアだと思った。いつも私たちが手入れをしているドンコロ山ジオサイトの露頭のスコリアと全く同じだ。軽石ほどは白くなく発泡程度が浅い噴出物である。伊豆天城の茅野鉢窪山も大室山と同じスコリア丘だという。ここ有珠山に隣接するドンコロ山もスコリア丘である。
お菓子のスコリアは完成度が高く、ドンコロ山を構成するスコリアにそっくりだ。並べてみたらどちらを口にしてよいか迷ってしまう。コケや地衣類の着いていないのがスコリアの岩石、いや間違えた。菓子の方はサクサクと口当たりもよく、ココアの香りも軽快で、地下からの噴出物とは思えない美味しさだ。また間違えた。