24 爽やかな朝

マイナス19.5℃今朝は102年前に有珠山が噴火した時の最も大きな火口、源太穴で出かける日です。晴れていて、いい日になったと思い、外の温度を見たら、なんとマイナス19.5℃でした。「21、椴の森」でもふれましたが、放射冷却の上に山奥の大滝からの寒気の流れがあったようです。でも、北海道の生活はぬくぬくです。昔は家の中で水も食用油も凍りました。左は昭和新山、右は有珠山。

20 氷の牙

氷の棘 北西の風がシベリアから吹き付けて、日本海側の留萌や岩見沢は大雪となり、人々は除雪で苦労しています。洞爺湖では過冷却気味の空っ風が吹いて、湖水の飛沫がアシの茎に凍りつき、氷の牙となりました。蒼空の下、西日を受けて、巡って来たごくあたり前の四季の風景は、かくも厳しくかくも穏やかです。きっかりとした自然の輪廻の中に私たちは命をつないでいます。

6 弥次郎兵衛

ヤジロベエ fig壮瞥町の児童館で春、夏に続いての三回目の森の観察会を行った。つまり裏山で遊ぼうというのだ。裏はすぐに農地で、その続きが山になっていて、さらにその先が洞爺湖や有珠山の見える山の上の壮瞥公園だ。典型的な里山である。春は光の中で草花遊びで楽しみ、夏はトドマツの暗い森の中で、みんなで妖精になって遊んだ。秋は樹の実で遊ぼうと思い、クリで「やじろべえ」を作った。クリはこの山のもの、タケヒゴは焼き鳥の串。5分もあれば完成だ。これは受けた。文句なしに子供がわいた。目が輝いた。机の角ででも、指先ででも決して落ちず、ゆっくりゆらりゆらり。こんな遊びならたくさん知っている。子どもたちと森で遊べるなんて、やったね!

森の妖精 この森でたくさんの森の妖精たちと一緒に遊びました。小さな妖精たちはみどりいろのアロマに包まれて走り回りまわります。なめらかなトドマツの幹に隠れ、苔で満たされた窪みに屈み、キノコを見つけ、鳥の声を真似ました。彼らは早口で妖精語を話します。私もその時は理解できたのですが、その声はすぐに森の奥のうす闇の中に消えていってしまい、もう覚えてはいません。

5 「そばぐり」を集めて

ブナ最後の氷期の寒さで姿を一時的に北日本から消したクリやブナは、縄文時代に入って約6.000年前に北海道に再上陸したと考えられています。ブナにかぎって言えば、今の黒松内低地までさらに北上したのは350年ほど前のことだというから、北海道南部といえどもブナの繁殖に適した土地ではなかったらしい。クリの方はその点、縄文人に受けが良かったらしく、3.500年前ころには札幌低地まで生活域を広げてしまったという。大島直行先生は「縄文人たちはそんなにクリを食べてはいなかったはずだ」と言っているが、、。 ブナの実は小さくシイの実を三稜持つ形に潰したみたいで、地方によっては「そば栗」という。拾い集めるのはなかなか大変。でも命にかかわる食べ物のこと、そこにあれば一生懸命集めます。特に子供などには適した仕事だったはずだ。そのあたり五千年前の長閑な小春日和、どうだったのだろう。

ブナの堅果思い立って洞爺湖の向こう岸、仲洞爺の直径70cmはあるブナの大木を訪ねた。白さび模様の引き締まった胴をピタピタと叩いてみた。堅いようでどこかやさしく、冷たいけど血が通っているような命そのものを感じる。 「実生が育たなくってネ」と持主は言う。一本だけ若木が育っているので見るようにという。根の周り一面に敷きつめられた、形の良いオーカー色の葉をかき分けるとたくさんの実が散らばっている。小さく滑っこい実は、大人の指先には似合わないなと思った。子どもの小さな手、一握り分を見つくろって数えてみたら24粒。白い身が入っていてクリの味がするとものの本に書いてある。 食べてみようと思い殻を開けてみたら、空だった。すべて空だった。「充実」していない。こんなこともあるのだ。物事ってすべてこうだ。やってみなければわからない。