482  縄文の親たち

足形付土版縄文時代の遺物に子供の足形の着いた土版がある。前から実物を見たいと思っていた。南茅部、垣ノ島川の左岸の6500年前の遺跡から見つかったものだ。今は函館市となった南茅部は海と山に接して細長く続く、自然に恵まれた町だ。昔から豊饒の地であり、縄文文化が特に栄えた地であったという。大船・垣ノ島・著保内野(ちょぼないの)などの遺跡に囲まれて建つ縄文文化交流センターは、国宝「中空土偶」をはじめ、充実した展示品を持っている。

足形付土版は二つの遺跡のものが、同時に見つかったナイフなどと一緒に、合わせて展示されていた。すべて踵の側に紐を通す穴がある。家の柱に吊るしていたのだろうか。左右の足が密接しているのはなぜだろう。片方の足のみのもある。子供の成長を願って作ったのかもしれないが、私には不幸にして死んでしまった子供の形見のような気がする。亡くなった子供の揃えられた小さな足裏。上から縄文の文様がなぞってある。「焼きが浅く、管理のために洗っていても、はらはらと解れそうなくらいです」と説明を受けた。

子の死を悼みながら作ったかもしれない粘土板から、親の落胆が伝わってくる。親が亡くなった時に一緒に埋葬されたのだろうとも聞いた。並んだ子供の足形は、縄文時代から現在へ数千年の時空を超えて、親と子、家族、そしてヒトの来し方について、直截な問いかけをしてくる。

481  「嗚呼、持っていかないで!」

カラスのクルミ伊達市で歴史講演会があっての帰り、会場となった消防署の横道を車で通り過ぎようとしたその時「パーン」と屋根の上に何かが当たった音がした。突然のことだったので、本当に驚いた。まさか隕石ではあるまい、クルミ大の石ころが直接当たった音だ。降りて確認したら、まさしくクルミ大の「クルミ」。瞬間、カラスの仕業に巻き込まれたと気が付き、見上げると消防の屋根から覗き込むハシボソガラスと目が合った。

クルミで遊び、結果旨いナッツにありつけるなら、尖った嘴は最良のアイテム。上手くいくとは限らない。丁か半かの賽の目に、賭けて通りかかったのが私の車。驚いたけれど、カラスの行動を探っている私にはよい証拠品、と頂くことにした。

480  平均値

新雪大有珠二月は暖かく三月に入って地面の雪は日増しに溶けて、そのまま春を迎えるかなと思った。しかし、自然は二月の埋め合わせを三月に回したようで、第二週は強力な低気圧がなかなか移動せず、景色は冬に戻ってしまった。今朝の有珠山は晴れて手前の昭和新山と好対照だった。気温は0℃前後だから数日もすると畑の軟らかく黒い土が顔を出すだろう。

479  ともに生きる

アトリとハヤブサ一週間ほど前からアトリの群れが近くの干上がった水田にやって来ている。200羽から300羽位の群れであったり、1000羽位の集団であったり、この付近の総計は2000羽位だろう。 渡来数には変動があるが大群を構成することでも知られているという。今年はいつもの年よりずいぶん多い。

観察中に群れが乱れたと思ったら、ハヤブサが飛び込んできた。狩るもの逃げるものの空での戦いとなったが、結果はどうなったのか。

478  目覚めの時だ

昭和新山雪解けが進んでいたが、明け方に少しの降雪があった。北風が新山ドームに噴気は右から左へ流れている。しかし農家の煙突の薪を焚く煙は逆方向へ。地上には南の風が吹き込んでいるようだ。水気を含んで濃い色のドームを見上げながらリンゴの芽が動き始める。三月は果樹の枝打ち、剪定の季節。

476  揺蕩う春

フクジュソウ眠い所を起こされたのか自ら覚めたのか、根雪が解けたら我が家の庭にもフクジュソウ。去年は3月28日だった。異常だという人もいるが、自然界に変異はつきもの、入学式に大雪のことだってある。気象学では過去30年間の平均値に対して、標準偏差の2倍以上の数値が出たら異常気象と言うのだそうだ。そんなめんどくさいこと、早くやってきた春にはいらない。嬉しいことが先だ。山の斜面で休眠中の虫や花の芽も、アレマァ、と驚いているだろう。

農家の人に聞いたら「生産の場では最も基本的な安全策を取ります、経験で培った平均値で、ことに当たります。早く温かくなるのはありがたいけれど」と言う。発表される長期予報もあまり当てにはできないとも。さも有りなん、ブレがあるのは読み込み済みだ。

470  卵だけ

タマゴタケキノコ愛好会の仲間のために作った一品。タマゴだけのタマゴタケ。集まりには風邪でダウンして出席できなかったので、写真でお披露目と相成り候。ベースは鶏卵の中華風煮卵で、台湾では「茶葉蛋」としてごく普通の食品である。味はウーロン茶葉、八角、シナモン、生姜、紹興酒であり、醤油味で二日かけて完成。ご本尊の赤いタマゴタケは室蘭産ウズラ卵のご当地ものにて御座候。この季節は地吹雪舞う地面の下で、あと半年先を夢見てひたすら熟睡中だ。今年の夏、深い山の林床で出会えることを願いながら、こちとらもまた、首にマフラー巻き付けて半身は布団の中の沈澱中。

469  樹林に暮らす

樹林で暮らす湖に沿って歩いていてトドマツの樹冠の下に小さな家を見つけた。薪で暖を取り煮炊きをする暮らしがある。後は葉を落としたカラマツ林。シカがいてキタキツネがいてそれとユキウサギ。あと三月もするとカラマツに新芽が萌える。鳥たちが戻ってくる。今は本を読む季節だろう。厳しいが質素と静寂が贅沢。煙突の白い煙が黒い林の中に消えてゆく。

467  タラを打つ

タラを打つ室蘭市の太平洋に面した漁港近くの住宅地で、男がハンマーで何かを打っている。思い当たる節があって、車を停め「懐かしい風景ですね、昔はよく見たね。スルメなんかも」と言ったら、「俺たちはいつもこうだ」という。歩道の縁に腰掛け「タラを打ち」を続け、立ち上がりながら二本差し出し、「うまいぞ」「掃除はしないんだ、あとはカラスが食う」と言って家に入っていった。

日曜日の午後三時、明日は時化模様。これからタラとマヨネーズと唐辛子で焼酎か。ご近所付き合いしたいですね。 近くのどの家の軒下にも、スケソウダラが寒風に揺れている。帰りの車の中の、叩かれて幾倍にも膨れ上がったむき出しのタラからは、凝縮されていた旨みがハンマーの力で弾けとび、肺の腑、胃の腑まで滲みこんでくる。

464  冬の花

イワガラミ寒さの中、樹冠に纏いつきながら耐えていたイワガラミの花穂が雪の上に落ちていた。夏のさ中、純白の花だったそのままの姿で雪の上に落ちている。雪の上のユキノシタ科。この森には同じ仲間のツルアジサイ、ノリウツギも装飾花の萼片を残したままで寒さに耐える。半年前の名残の花殻。夏を咲ききって、いまなおいのちを物語る。